赤ら顔のせいで次第に性格も内向的になりました

40歳 女性 主婦の赤ら顔の体験談


私は40歳の女性、現在は専業主婦です。

子供のころから赤ら顔に悩まされてきました。

自分の顔が赤いと気付いたのは小学校高学年になってからです。常に顔が赤いことをクラスの男の子にバカにされたからです。

家族からは血色が良いと言われていたので自分でもそう思っていたんですが、授業で発表するときなど男の子から「なんで顔赤いの??」と冷やかされて笑われたりしました。

次第に性格も内向的になりました。

中学高校では赤ら顔を何とかしたいと過度なスキンケアを繰り返したせいで皮膚自体が敏感になり薄くなってしまいました。

市販されているスキンケアが沁みるようになって使えなくなりましたが、とにかく「顔が赤いことは恥ずかしくて馬鹿にされることなんだ」という過去の経験から校則では禁止されてはいますがファンデーションも塗っていました。

当時は今みたいにインターネットで欲しい情報がすぐに調べられるような時代ではなかったので、ゴシゴシとメイクを落としたり、コットンでパッティングを過度に行う間違ったスキンケアに気づいていませんでした。

そんな赤ら顔のコンプレックスから間違ったスキンケアを続け、年々顔の赤みが強くなってきました。

赤ら顔は悪化しましたがメイクに関しては腕が上達し、メイクをしているときはうまく隠せるようになり、大学時代には誰も私が赤ら顔に悩んでいるということには気づかなかったようですが、友達同士で旅行に行ったときにメイクを落としびっくりされました。

就職先でも誰にも気づかれなかったんですが、結婚するときに式場のメイクさんのメイク技術がへたくそで、赤み部分を思ったようにカバーできなくて、「もう少し頬の赤みをカバーしてもらえませんか?」とお願いしてみたところ、「こんなに赤みがひどい人は見たことがない。

カバーばかり考えずに治した方が良いんじゃないですか?」と上から目線でいわれたことが非常に悔しかったです。

治そうとしても治らないからメイクでカバーしてコンプレックスを隠しているのに、そんな言い方ってないのでは?と思ったので、式本番はそのメイクさんにはお願いせずに自分でメイクをしました。

結婚式でプロのメイクさんにメイクをしてもらって華やかになる方がうらやましかったです。私はいつものカバー重視のメイクで、華やかさとは無縁のメイクに仕上がりました。

何となくその式場や他のスタッフに対しても不信感しかなく心から嬉しいと思うことはなかったです。

子供のころだけではなく大人になってからも心無いことをいう人っているんだと思いました。


40歳 女性 主婦の赤ら顔の体験談

私が赤ら顔に悩むようになったのは、産後のことです。

それまでも皮膚が薄いからか体質なのか、頬が赤くなることがありました。

でもその頃は、まるでピンク色のチークを塗ったように見えたため、チーク代がういてラッキーぐらいに思っていました。

それから数年後に妊娠し、肌に変化を感じるようになりました。どの化粧水を使用しても肌が荒れることはなかったのに、オーガニックの化粧水でも吹き出物ができるようになってしまったのです。

頬だけだった赤みは、顔全体に広がっていきました。体は冷えているのに顔全体が火照り、気温差が激しいと余計に赤くなりました。もうファンデーションを厚めに塗っても、隠せるレベルではありませんでした。

そこで、肌への刺激になることはなるべく避けようと、化粧するのをやめてみました。

ある日、すっぴんで子供を連れて買い物に行きました。そこで友人と偶然出会ったのですが、「あれ?もしかしてお酒飲んでる?」と聞かれました。

車を運転して行って授乳中の私は、もちろん一滴もお酒は飲んでいないので、ショックを受けました。私の赤ら顔は、人からそんな風に見られてしまうのだと。

それからは、人目がとても気になるようになり、外出時にはマスクが欠かせなくなりました。

そんな生活を何か月か続けていましたが、暑い時にマスクは蒸れるし息苦しいし、余計顔が赤くなるように感じました。

ついには、マスクをしていても「お酒飲んだ?」と聞かれてしまいました。自分の赤ら顔が本当に嫌になりました。

そこで、化粧水を使うこともやめ、洗顔料も見直してみることにしました。

子供に使っている泡で出てくるベビーソープを使って、泡だけで押すように優しく洗うようにしました。

その後は、乳液タイプのベビーローションを塗るだけにしました。それを続けていると吹き出物は治まってきましたが、赤ら顔に劇的な変化はありませんでした。

現在は色んな化粧品を試していますが、コレ!と思えるものには出会えていません。まだまだ試行錯誤が続きそうです。

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